東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)41号 判決 1955年6月28日
原告 エレクトロケミスク・アクチゼルスカブ
被告 特許庁長官
主文
昭和二十六年抗告審判第九〇七号事件について、特許庁が昭和二十八年八月二十六日にした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として次のように述べた。
一、原告は、諾威国オスロ市レア、エルベフアレト十二番ジエ、セジエルステドの発明にかかる「連続自焼電極装置」について、西暦千九百四十八年(昭和二十三年)五月八日に諾威国になした特許出願に基き、連合国人工業所有権戦後措置令第九条の規定により優先権を主張して、昭和二十四年十月二十四日特許出願をしたところ(昭和二十四年特許出願第一〇八九七号事件)、昭和二十六年五月三十日拒絶査定を受けたので、同年十一月十六日抗告審判を請求したが(昭和二十六年抗告審判第九〇七号事件)、特許庁は、昭和二十八年八月二十六日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は四月三十日原告に送達された(原告は、特許法第二十三条により、昭和二十九年八月二十七日まで、出訴期間の延長を受けた。)。
二、原告の出願にかかる発明は、恒久ケーシングの電極と合致する部分の下の電極を、炉瓦斯を蒐集する密閉室で囲み、電極の裸の部分が空気の作用を受けないようにしたことを特徴とする連続自焼電極装置であるが、審決は、これを原査定の拒絶理由に引用した特許第一四〇一一五号明細書及び図面に示すものと比較して、両者とも恒久ケーシングを使用する連続自焼電極装置であること、電極下部が炉瓦斯を蒐集する密閉で囲まれており、電極の裸の部分が空気の作用を受けないようにされていること等、本件発明の要旨とするところは、悉く拒絶理由の引用例により示唆されておるから、本件の発明は、特許法第一条の新規の工業的発明と認めることはできないとしている。
三、しかしながら、審決は、本件発明の要旨並びに引用例の特許第一四〇一一五号明細書及び図面に示した発明を誤解したものである。
(一) 本件発明と引用例とは、恒久ケーシングを使用する点においては一致するが、次の諸点において著るしく相違する。すなわち
(1) 恒久ケーシングより下の電極は、前者は裸であるのに対し、後者は着脱可能な支持環で囲まれており、決して裸ではない。
(2) 前者においては電極下部の裸の部分だけを炉瓦斯を蒐集する密閉室で囲むものであるが、後者は電極の全長に亘つてその周囲を炉瓦斯蒐集室(この蒐集室は、後に述べるように、完全な密閉室ではない。)で囲むものであつて、決して電極の裸の部分だけを囲むものでない。
(3) 前者においては電極下部の裸の部分を瓦斯蒐集密閉室で囲むことにより、空気による電極の裸の部分の酸化を防止せんとするものであるが、後者においては、恒久ケーシングより下部の電極を支持環にて囲み、この支持環によつて電極下部の酸化を防止せんとするものである。
従つて審決において、前述のように、電極の下部が炉瓦斯を蒐集する密閉室で囲まれており、電極の裸の部分が空気の作用を受けないようにされておること等の本件発明の要旨とするところが、悉く引用例に示唆されているというのは、両者のいずれかを誤解したのに基くものである。
(二) 審決は、引用例における炉瓦斯蒐集室が密閉室であるから、電極の酸化を防止するものだとしているが、元来引用例は、原告会社自身が所有する特許権であつて、その内容及び実施の態様は、原告の最も熟知せるところである。右引用例に記載された発明においては、電極下部の酸化防止は、支持環によつて行うことを明細書に明記しており、瓦斯蒐集室で酸化を防止する点については何等説明していない。なるほど図面においては、炉瓦斯蒐集室は、電極全長に亘つて瓦斯密にこれを囲む如く示しているが、この発明においては、電流を供給する接触桿は、支持環の孔を通じて横方面から電極内に挿入されているので、電極の下降に従つて、時々支持環及び接触桿を取り外し、これを上部に設置しなければならず、また原料のアルミナ、螢石等の供給も時々行わなければならないので、蒐集室には巻上ドアまたは輾開ドアを設ける必要があり、これを開けて操作するようになつている。右ドアの接触面には相当の間隙を有し、空気は自由に入り、この炉瓦斯蒐集室は決して完全な密閉室ではない。アルミニユウム電解においては、一酸化炭素、炭酸瓦斯等の炉瓦斯が作業室に逸散して人体に危害を与えるので、この逸散を防止するために、引用例においては、炉瓦斯蒐集室を設け、この瓦斯を吸引している。この型式の三〇、〇〇〇アンペアの炉については、毎秒七五〇立の吸引を行わなければならず、このことは多量の空気がドアの間隙を通して流入することを意味し、電極は常に酸化性ふん囲気によつて囲まれることとなる。もし電極がこの酸化性ふん囲気から何等保護されていないとすれば、熱い電極が侵蝕されることは明白であつて、かゝる侵蝕に対して電極を保護するために、引用例においては、溝型鉄の支持環を設けたのである。
(三) 本件発明と引用例とは、その効果においても、大きな差異がある。すなわち
(1) 後者においては電極の下降に後つて支持環を順次取り外し、これを上方に補充しなければならないが、前者においては支持環を使用する必要がないから、かゝる手数を要しない。
(2) 後者においては、支持環に焼成された電極が附着しやすいので、実施に当つては、これを防止するため、内部にアルミニユームケーシングを使用するが、前者においてはアルミニユームケーシングを使用する必要がない。
(3) 後者においては炉瓦斯蒐集室が密閉されていないので、毎秒七五〇立の炉瓦斯(空気を含む。)を吸引しなければならないが、前者においては炉瓦斯蒐集室が密閉されているので、毎抄三〇立の吸引で十分であつて、動力は二十五分の一に節約できる。
(4) 後者においては電極が酸化性ふん囲気に接する機会が多いので、電極が侵蝕される率が、前者に比して大きい。
(5) 後者における瓦斯蒐集室は電極全長に亘つてその周囲に設けてあるので、その容積は大きくなり、設備費が大きいが、前者においては電極の裸の部分だけを囲むので、その容積は少く、設備費が少くしかも完全に瓦斯密とすることができる。
(6) 前者においては炉瓦斯の危害を受けることがない。
四、以上のように、両者は全く別異の発明であり、しかも効果においても格段の差異を有するものであるのにかかわらず、本件発明が特許法第一条に規定する新規な工業的発明でないとした審決は、違法であつて取り消さるべきものである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告の請求原因としての主張に対し、次のように述べた。
一、原告主張請求原因一の事実及び特許庁が同二のような審決をなしたことは争わない。
二、同三の主張は、これを否認する。
(一) 引用にかかる特許明細書の「発明の詳細な説明」中に「支持環はケーシングの外側に配置し、電極の下端が消耗せらるる時は、該電極と共に降下すべからしむ」(甲第二号証第三頁下段末二行)と記載されていることから推察しても明かなように、電極は刻々下降せしめられるものであると同時に、これには明記してないが、実際のこの種炉の操業に当つては、負荷の変動等により時々刻々電極を上下に移動する必要が発生するものであり、一箇所に固定されるものではない。また同明細書の前記と同一項のうちに、「最下位の縦梁は、これが炉内の湯面に達するに到れば、直ちにこれを電極より取り外すを要す。かくの如くして、最下位の縦梁を取り外せば、該梁により被覆した部分及び該梁の上位に位置せる横材の幅一〇糎に相当せる部分の電極は露出するに至る」(同第一頁下段末尾より第四行以下)と記載されている。これらの記載及び事実に徴するならば、電極の最下部は常に炉内の湯面上を上下に移動するものであり、電極下端付近は、ある時は湯中に浸漬し、ある場合には湯中より引き上げられる等の操作が繰り返されるものであるから、鉄材の縦梁及び横材等で作られる支持環(それはアルミ湯中に浸漬されることを最も嫌うべき材料のものである。)が、アルミ湯の湯面にまで到達するような構造に作られておろう筈がないことは当然である。従つて、たとえ電極の下部が支持環によつて全面的に被覆してあるという記載が、引用例の明細書中にあつたとしても、それは文章上のことで、実際には右に述べたとおり裸の部分が露出しているから、下部電極の全面が厳密に支持環によつて被覆されているということはない。すなわち引用例の発明にあつても、下部電極には裸の部分が常に残存するものと考えるのが至当である。
(二) 原告は、引用例のものは、恒久ケーシングより下部の電極を支持環で囲み、この支持環によつて電極下部の酸化を防止するものであると主張するが、支持環は、特許第一一七五〇七号の発明によつて始め、提案されたもので、支持環は元来その文字の通り電極を支持する目的のものであつて、電極の酸化を防止する目的のものでない。このことは、前述の明細書に、「縦梁は普通十番の溝型鉄を以て構成し、また横材の高さは一〇糎とし、以て相隣接せる二箇の縦梁間に一〇糎の間隙を存置せしめ、かくして電極の表面の五〇パーセントを縦梁を以て被覆し、残余の五〇パーセントを露出せしめたり。」(同第一頁下段第十三行以下)との記載に徴して明白である。
また右明細書の支持環には多くの接触桿挿入孔が穿設せられており、この挿入孔によつて電極が露出される場合が相当あり得ることからも、支持環が酸化防止をその直接の目的とするものでないことは明かである。
更にこのことは、「電極下部が裸である」という前記(一)の事実からも併せ考えられることである。何となれば、若し支持環が原告のいうように酸化防止の目的のものであつたとするならば、化学反応の激しく起つている電極下部に裸の部分を少しでも残しておいては、酸化防止の目的を果たすことはできないからである。
(三) 原告は、引用例のものは、電極を覆うところの空間が完全な密閉室でないのに対し、本件発明のものは完全な密閉室であると主張しているが、先ず第一に、本件発明のものは、その明細書の「詳細な説明」の末尾に、「本発明は以上説明したアルミニウム炉に限られないで、一種の型として作用するも電極に従つて溶融浴中に進まない恒久ケーシングを通して連続電極を降下させるようにしたあらゆる電気炉に応用することができる。」と明記している以上、本件出願の発明思想は、恒久ケーシングを通して連続電極を降下させる種類のものであれば、あらゆる電気炉を包摂するものであると解せざるを得ない。してみれば、この「あらゆる電気炉」の概念のうちからは、引用例のような電極構造のもののみを排除しなければならない必然性は発見されず、本件発明のものについても、電極下部に支持環を設けたり、それに接触桿を植設したりすることがあると解さなければならないから、そうした場合の本件発明のものと、引用例のものとの間に何等の相違もない。また本件発明のものについても、引用例同様原料の投入を行わねばならぬものであり、そのためには原料投入のためのドアを設けることもあり得、従つて本件発明のものも完全な密閉室ではない。
(四) 引用例のものは、恒久ケーシング下部の電極を支持環で支持してはいるが、その支持環には所々に接触桿挿入孔が開孔して電極を露出していると同時に、電極下部の湯面直上の化学反応の盛んな高温度部分も明に裸であり、これらの部分がそのままで放置するならば、空気中の酸素の作用を受けることは明らかであるので、この酸化作用を防止するため、電極を密閉し発生する炉瓦斯はこれを瓦斯集収管を通じて外部に排出するようにした構造のものであることは明かである。従つて本件発明のものの特許請求範囲記載の思想である「恒久ケーシングと合致する部分より下の電極を密閉室で囲み、電極の裸の部分が空気の作用を受けないようにしたことを特徴とする連続自焼電極装置」は、正に歴然として引用例により公知に属し、または当業者が容易に想到し得る程度のものであることは疑を容れない。
(五) 原告の効果に関する主張についても、すでに述べたように、本件発明のものは「あらゆる構造の電気炉」を包摂するものであるから、特に引用例のものを取り立て、比較の対象とすること自体がその理由なく、また本件出願及び引用例ともに数量的規定が明示されていないから、これを特定の実例について数字的に比較することは全く無意味なばかりでなく、原告主張の数字例も両者を忠実に実施したものであるかどうか不明で認めることはできない。
一方電極下部の高温部付近を直接被覆すると、その部分の材料が非常に早く損傷し使用に耐えなくなるから、却つて不利な場合があり、従来行われていた直接密接式のものでは、その冷却用水の確保、材料の補給、取換え等で非常に困難していた事実からみて、直接密閉式が必ずしも有利とはいい切れない。従て若しこの困難を克服してすら直接密閉式を採用するとすれば、特殊な材料か特殊な方法を採らなければならないのに、本件出願には、何等その点について触れていないから、本件発明のものは、電極下を封鎖するための特別の工夫が凝らされているとは考えられない。原告の主張は、全く設計的寸法の大小を比較しているに過ぎないことで、無意味な比較であると同時に、たとえ引用例のものに比して小さくてすむという点で優れているとしても、他の反面、材料問題等の点で不利となることを不問に付するものであつて、全く頬被りの議論というべく、一顧の値もない。
三、以上述べるように、本件の発明が、拒絶査定理由として引用された特許第一四〇一一五号明細書及び図面のものによつて拒絶される十分な理由を提供するものと確信するが、念のため特許第一四〇一一四号によつても、本件出願の発明が、特許法第四条第二号の規定により、同法第一条の新規な工業的発明ではないことを明かにする。
第四立証<省略>
理由
一、原告主張請求原因一の事実及び特許庁が同二のような審決をなしたことは、当事者間に争がない。
二、その成立に争のない甲第一号証(本件特許願、明細書及び図面)によれば、原告が本件出願において特許を請求しようとしたものは、その「特許請求の範囲」に記載せられた「恒久ケーシングの電極と合致する部分の下の電極を、炉瓦斯を蒐集する密閉室で囲み、以つて電極の裸の部分が空気の作用を受けないようにしたことを特徴とする連続自焼電極装置」であり、その目的とするところは、恒久ケーシングの電極が粘着しないで、しかも電極が酸化性気界によつて、有害な作用を受けないようにした連続自焼装置を得ようとしたものでなることが認められる。
しかしながら、右明細書中「発明の詳細な説明」の項に、「本発明は、熔融物からアルミニウムを電解的に製造する際に用うる形式の恒久成型ケーシングを通じて電気炉中に供給せられる自焼電極に関するものである。この種の電極の電極ペーストは、恒久ケーシングの下縁を去るとき焼成せられるもので、この電極ペーストは、それが受ける比較的高い温度で焼成せられ、ケーシングの下部(ここでは電極ペーストの接合剤がケーシングの内側でコークス化せられる。)に粘着するから種々の困難が生ずる。この粘着する焼成ペーストの量は次第に増加し、恒久ケーシング内を滑る電極の運動は阻げられる。このことは炉の操業に対し種々の困難をもたらし、遂には焼成ペーストの粘着した恒久ケーシング部分を外し除かなければならないので製造を一時中止することゝなる。恒久ケーシングの下部は、まだ変形し熱で消耗せられる傾向がある。
以上のような缺陥を除くため、種々研究を重ねた結果、電極ペーストは、それが未だ粘性であるときは、ケーシングに粘着する傾向のないことを知つた。更に電極原料団が乾燥している時でも十分滑るものであつて、実際の焼成すなわち接合剤のコークス化する時だけケーシングに粘着する危険のあることを知つた。このコークス化は通常約摂氏四〇〇―四五〇度の温度で起る。
本発明人は、今や電極ペーストがその表面においてよく焼成された帯域の上方、但しペーストが未だ溶融状又は液体状であつて、高度に流動或は変形される状態にある帯域より下方に、電極と合致する恒久ケーシングを終らせることによつて、電極のケーシングに粘着するのを避けることができるのを知つた。ペーストが上記のような状態にある頃は、ケーシングの下部に粘着する傾向を持つていないので、炉の操業は何等の障碍なく進行する。(中略)短かいケーシングを使用すれば、電極はケーシングの下縁と熔融浴との間の空気の作用に対し裸で何等保護されていない。若し炉の熔融浴近くの裸の赤熱電極が酸化気界と接続すれば、電極は著るしく腐蝕されるから短いケーシングの使用は不可能になる。
しかしながら電極は、そのよく焼成された部分に固定した堅方向の内部接触桿によつて懸吊することができるから、別に接触桿を電極の側部から抜き差しする必要がなく、電流の供給は上方から行う。従つて電極の裸の部分を囲んで密閉室を設け、電極を何等侵さない中性或は還元性気界を維持することができる。(中略)
炉操業中電極は下方から消費されるから、除々に降下させねばならない。従つて焼成帯がケーシングの下縁に接近するということはない。ここに反覆強調しなければならないことは、電極を恒久ケーシングを通じて降下させ、焼成帯がケーシングに対し相対的に上方え移動するのを防ぎ、決してケーシングの下縁に達せしめないように注意しなければならないことである。」
と記載していることに鑑れば、本件の発明は、前述の特許を請求しようとする事項と同時に、(一)電極がケーシングに粘着するのを防止するために電極ペーストの焼成帯の上縁を、ケーシングの下縁に達せしめないように操業すること及び(二)接触桿を電極の側部から抜き差しすることなく、電流を上方から供給することの二要件を満足することによつて始めてその目的を達するものと解される。
三、一方その成立に争のない甲第二号証(特許第一四〇一一五号公報)によれば、審決が引用した刊行物には、熔融塩電解用自焼連続電極において、上部の恒久性金属ケーシングとその下方に互に重ねた着脱可能な支持環とを以て電極支持函を構成して電極全面を被覆し、かつ前記ケーシングに穴を設け、これを通じて炉瓦斯を電極の上方に設けた瓦斯集収管を経て排出させるようにして、電極の酸化を防止するとともに、炉瓦斯の排出を簡易ならしめ場所の節約を計ろうとすることについて記載されていることが認められる。
しかしながら、この刊行物には、電極を密閉することに関しては格別の記載はなく、単に図面において電極全長に亘つてその周囲を炉瓦斯蒐集室で囲んだものが示されているに止まり、先に認定した本件出願にかかる発明のように、前記(一)(二)の要件を満たしつゝ、ケーシングの下縁以下の電極を裸のままとすること及びこの裸のままにした部分のみを密閉室で囲むことについては、何等の記載がないのはもちろん、これを示唆しているものとも認められない。
またその成立に争のない乙第一号証(特許第一四〇一一四号公報)によれば、同種自焼連続電極において、その第一図が示す断面図は、ケーシングの下部の電極が裸のまゝ一見密閉室で囲まれているかのように記載されているが、ケーシングの下縁以下を密閉することについては何等の記載もなく、またこの断面以外がどのようになつているか不明であるばかりでなく、排気孔がケーシングの上縁に近く設けられているところから見れば、裸の部分の電極が密閉されているのとは解されない。してみればこの刊行物も前記刊行物同様、上述の(一)(二)の要件を満たしつゝ、ケーシングの下縁以下の電極を裸のまゝとし、この部分のみを炉瓦斯を蒐集する密閉室で囲むことについては、何等の記載をもなさず、またこれを示唆しているものとも解されない。
四、以上の理由により、審決が「本願の発明の要旨とするところは、悉く拒絶理由引用例により示唆されておるから、本件のものは、特許法第一条の新規な工業的発明と認めることはできない。」としたのは、失当といわなければならない。
被告指定代理人の右判示に反する主張は、いずれも、原告の出願にかかる発明の要旨について、当裁判所の認定と相容れない前提に立つてなされたものであるから、これによつては、前記の判示をひるがえさせることはできない。
よつて原告の請求を認容し、特許庁がなした審決を取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決した。
(裁判官 原増司 内海十楼 高井常太郎)